大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)736号 判決

原告

小林保一

被告

松嶋富彦

ほか一名

主文

一  被告らは、各自原告に対し、金二九五万四七五三円及びこれに対する昭和五五年二月五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告に対し、金五一三万六五八〇円及びこれに対する昭和五五年二月五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(事故の発生)

1 被告松嶋富彦は、昭和五五年二月五日午後七時二〇分ころ、貨物自動車(福岡一一い八八)(以下「被告車」という。)を運転して、大分県日田郡天瀬町大字合田二五二二番地先道路を進行中、道路が凍結していたためスリツプし、同路上でタイヤにチエーンの装着作業をしていた原告に衝突させ、原告に対し、尾骨骨折、仙腸関節脱臼の疑い、右胸腰部・両股部・右足関節部挫傷の傷害を負わせた。

(責任原因)

2 被告らは、次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一) 被告松嶋富彦は、前記道路が凍結し、すべりやすくなつていたのに、タイヤにチエーンを装着するなどスリツプを防止すべき義務を怠り、そのまま運転を続けた過失により原告に傷害を負わせた。よつて、民法七〇九条による責任がある。

(二) 被告出水運輸センター株式会社は、被告車を、自己のために運行の用に供していた。よつて、自賠法三条による責任がある。

(損害)

3 原告は、本件事故により次のとおり損害を被つた。

(一) 入院雑費

原告は、本件事故により昭昭五五年二月五日から同年同月一三日までの九日間にわたり入院治療を受け、その間雑費として一日当り一〇〇〇円の割合による合計九〇〇〇円を支出した。

(二) 通院交通費

原告は、昭和五五年二月一五日から同年七月一八日までの間に合計五四日間通院治療を受け、交通費として、タクシー代一日当り一〇〇〇円で一五日分一万五〇〇〇円及びバス代一日当り二二〇円で三九日分八五八〇円(合計二万三五八〇円)を支出した。

(三) 休業損害

原告は、本件事故当時、もやし自動包装機械の販売を業としていたが、本件事故により、昭和五五年二月五日から同年七月一八日までの一六四日間、受傷の治療のため、休業せざるを得なかつた。

原告は、独立自営のセールス業者であるので、一般のサラリーマンのように休業中は所得がなく、就業すると所得があるというものではない。休業中であつても、それまでのセールス活動の成果として引き合いがくることもあるが、その反面休業によつてセールス業特有の顧客へのサービス活動が出来なくなるため、就業しても直ぐに休業前と同じ所得をあげることができないものである。たとえて言えば昨日の労働が今日の所得を生み、今日の労働が明日の所得を生むものであつて、休業期間と所得の逸失との間には時間的にずれが生ずるものであるけれども、大局的にみれば、休業期間に相当する程度・内容の損害が発生したものと認めるべきである。

しかして、原告の休業損害の算定方法としては、次のようにするのが最も合理的である。すなわち、本件事故前年度の所得金額を三六五で除して一日当りの金額を算出し、これに休業日数を乗じる。この金額が、「原告の本件事故前年の所得金額から事故当年の所得金額を差し引いた額」の範囲内である限り、右の休業日数を乗じて得られた金額をもつて休業損害額とすべきである。

ところで、原告は本件事故前年である昭和五四年中における売上金額は三五九二万二五〇〇円、仕入原価は二二七四万八一二〇円、その他の諸経費は三二四万円であつたから、所得は九九三万四三八〇円で、一日当り二万七二一七円となる。

そうして、原告の本件事故当年である昭和五五年中の売上金額は一〇三三万円、仕入原価は五三三万五〇〇〇円、その他の諸経費は一二二万八七七〇円であつたから、所得金額は三七六万六二三〇円であつて、昭和五四年における所得金額との差額は、六一六万八一五〇円となる。

したがつて、前記二万七一二七円に休業日数一六四を乗じて得た金額四四六万三五八八円は右六一六万八一五〇円を超えないから、四四六万三五八八円が原告の被つた休業損害である。

(四) 慰謝料

原告は、本件事故により精神的苦痛を被つた。これに対する慰謝料は、五〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用

原告は、本訴の提起・追行を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として四五万円を支払うことを約した。

(六) 以上損害額の合計は、五四四万六〇八八円である。

(結論)

4 よつて、原告は、被告らに対し、各自損害賠償の一部請求として、五一三万六五八〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和五五年二月五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  請求原因3の事実は、いずれも否認する。

三  抗弁

被告らは、原告に対し、昭和五五年二月一四日に三万円、同年六月二四日に三〇万円を弁済した。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1及び2の事実については、当事者間に争いがない

二  そこで、原告主張の損害について判断する。

1  入院雑費

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故による傷害のため昭和五五年二月五日から同年同月一三日までの九日間、日田中央病院に入院した事実が認められるから、その間、必要な入院雑費として、少くとも一日当り一〇〇〇円、合計九〇〇〇円を支出したと認めるのが相当である。

2  通院交通費

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二、第三号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故による傷害のため昭和五五年二月一五日から同年七月一八日までの間に五四日間、三宮整形外科医院に通院し、その通院のためにタクシー・バスを利用し、その必要な交通費として二万三五八〇円を下らない額を支出したことが認められる。

3  休業損害

(一)  原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当時、もやし自動包装機械の販売を業としていたこと、原告は二十数年前からその種の仕事をやつており、昭和五三年から主として九州で販売活動に携つていたこと、その販売業務の態様は、原告が専ら九州地方のもやし屋を一軒一軒飛び込みで訪問し、もやし屋の仕事を手伝うなどしながら、もやしの包装機械の売り込みを行ない、成約すれば機械メーカーに連絡して買主に機械を直送させる、また巡回サービスもするという方式であり、従業員はゼロであつたこと、本件事故により入院した前記認定の期間(九日間)は右の販売業務に従事することができず、また通院中の前記認定の期間(一六四日間)は自宅で電話番をする程度しか業務に従事できなかつたことなどが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  原告は、休業損害の算定方法として、原告の本件事故前年の所得金額を三六五(日)で除して一日当りの金額を算出し、これに休業日数を乗じ、その得られた金額が「原告の本件事故前年の所得金額から事故当時の所得金額を差し引いた額」の範囲内である限り、右の休業日数を乗じて得られた金額をもつて休業損害額とするのが最も合理的である旨主張する。

そうして、成立に争いのない甲第二二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一から二六まで、第八号証の一から四まで、第九号証の一から五まで、第一〇号証の一から六まで、第一三号証の三から三三まで、第一四号証の一から三〇まで、第二一号証の一から一七まで、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告の昭和五四年中の売上金額は三五九二万二五〇〇円、仕入原価は二二七四万八一二〇円であつたこと、また、その他の諸経費についても、三二四万円を下回らぬ金額が支出されたことを認めることができる。

しかしながら、原告が主張する休業損害の算定方法は、本件事故前年一年間だけの所得金額を基礎として一日当りの所得金額を算出するものであるが、少くとも過去三年間位の所得金額の平均を基礎とするのが合理的であると判断されるだけでなく、かつ、必要経費中のその他の諸経費については、現実に支出された金額が原告主張の金額を上回わらぬものであつたか否かについても前掲各証拠によつて必ずしも明らかとはいえない。また、原告本人尋問の結果によれば、原告の毎年の所得金額は、相当の多額に及ぶものであつたのに、これまで一度も所得税について確定申告をしたことがなく、また本件訴訟になつてからも何らの修正申告をしていないことも認められる。これらの諸事情を合わせ考えると、原告主張の休業損害の算定方法は、合理性があるものということはできず、したがつて、右方法によつて休業損害の額を算出することは相当でないというべきである。

(三)  前記(一)、(二)で認定の事実及び原告本人尋問の結果により認められる諸事情からすると、原告の休業時の収入については、その額を控え目に算出せざるを得ず、結局当裁判所に顕著な賃金センサス昭和五五年第一巻、第一表、産業計、企業規模計、男子労働者、学歴計の原告の年齢に対応する欄の平均給与額の三割増程度であると推認するのが相当である。

前記イ、2、3(一)で認定した治療経過などの事実によれば、原告は本件事故による受傷により入院・通院期間の一六四日の休業を余儀なくされたものと認めるのが相当であるから原告は右休業により二四八万二一七三円(算式・四二四万九五〇〇円×一・三÷三六五×一六四)の得べかりし利益を失つたものというべきである。

4  慰謝料

前記認定の原告の受傷内容治療経過等を考慮すると、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、五〇万円が相当である。

5  被告らが原告に対し、合計三三万円を支払つたとの抗弁事実については、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

6  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人らに委任し、相当額の報酬の支払を約した事実を認めることができ、本件事案の性質、事件の経過、認容額に鑑みると、原告が被告に対して賠償を求めうる弁護士費用は二七万円が相当である。

7  右に述べた1から4まで及び6の合計額から5の金額を差し引くと二九五万四七五三円となる。

三  以上の事実によれば、原告の本訴請求は、二九五万四七五三円及びこれに対する本件不法行為日である昭和五五年二月五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却することとする。なお、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原晴郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例